幸福の欠片.7
SIDE:千歳千里  2008.由梨ゆかり








走って、走って、更に走って。
こんなに一生懸命走ったのはいつ以来だろう。

教室、職員室、理科室、体育館、テニスコートに部室と。
まだ慣れない校内をあの人の姿を探して走り回った。
何事か、とすれ違う学生達が振り返って見てこようと、教師の廊下は走るなという叫び声も、俺にはどうでもいい事だった。

粗方探し回ったが、姿はどこにも見当たらず、俺は上がってしまった息を整えるため、前かがみになって大きく深呼吸する。

「一体、どこに居るっちゃろ…」

くしゃり、と手の中にある書類が音をたてて皺を寄せる。
この学校内のどこか、に居ることは間違いないのだが人ひとり探すには少し敷地が広すぎた。
止まっている相手を探すならまだしも、探している人物も常に移動している可能性もあるのだ。
それに、自分はあの人の事を何も知らない。
いつも大体何処に居るという事さえ。

勢いで美術室を飛び出したものの、冷静になって考えれば白石に心当たりを聞いたほうが早かったのではないかとふと思う。
仮に聞いたところで果たして白石が行き先を知っているかどうかは怪しいが、付き合いが長い分それなりの場所は把握しているだろう。
かといって何も言わず飛び出した手前、今更戻るわけにも行かず途方にくれた俺はこのまま帰るかどうしようか迷って、ふと階段が目の前にある事に気づいた。

「屋上…?」

校内を見学という名目でうろついていた昨日は気付かなかったが、最上階であるここから更に上へと続く階段。
高い所から下を見渡して探すのもひとつの手かと思い、階段を上がり屋上へと続く扉を開けた。




「……!」

扉を開いて一番に視界に飛び込んできたのは。
花柄。
ここから丁度真正面に向こうを向いたままフェンスにもたれ掛かってどこかを眺めている。
まさかの探し人の姿に俺は思わず息を飲んだ。

後姿だが、間違いない。
いや、間違える筈も無いあの花柄の帽子。
相手は自分に気付く様子もなく、向こうを向いたまま。
ときおり白い煙が上がるのは煙草を吸っているのだろうか。

自分の年ではまだ法律が許さないそれを吸う花柄の相手は、間違いなく成人した大人で……教師。

見つけたはいいが、かける言葉が見つからなかった。
相手はおそらく。
美術室に居る自分の姿を見て避けたのだ。

ここで俺が声をかけたら。


「嫌な顔するっちゃろか…」

小さな、本当に小さな自分でも聞き取れるかどうか位の声でぽつりと呟く。
握り締めていた書類が更に俺の手の中でカサリと音を立てて縮んだ。



「先生………」

今度は、小さな声で、けれども相手に届くか届かない位かの声で呼びかけた。
気付いて欲しいような、気付いて欲しくないような、矛盾した思いで。

「ん〜何やぁ?」

どうやら俺の声は届いたようで、妙に気の抜けた声で返事をしながら相手はこっちに振り返った。





「っ………!!」

お互いの目が、合う。
昨日とは違う眩しい太陽の陽の下で。
今日は相手の顔がはっきりと見えた。
少年かとばかり思っていたその花柄の帽子の下にある顔は、紛れも無く成人した顔立ちの大人の顔で。
その口元からは加えていたはずの煙草がぽろりと地に落ちた。

俺の姿を見て驚いたその顔は次の瞬間申し訳無さそうな笑顔を浮かべたが、俺にはその大人の顔は今にも泣き出しそうな子供のそれに見えた。

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