幸福の欠片.15
SIDE:渡邊オサム  2008.由梨ゆかり








「なんかさぁ〜オサムちゃん痩せたんとちゃう?」
「そら、毎日俺らと激しい運動しとるもんなぁ〜」
「運動不足にならんでええやろ、なぁ?先生」

相変わらず好き勝手繰り広げられる頭上の生徒達の会話。
床にうつ伏せにさせられ、突っ込むために用のある所だけ外に晒された状態で、腰を持ち上げられ好き勝手揺さぶられる。
何もかもが最悪のこの状態の中で頬に張り付く床の感触だけがひんやりと冷たくて心地よかった。

「つーか、オサムちゃんの中めっちゃ熱っ!」
「…そういやテニス部のヤツが今日倒れたとか言うとったけどホンマなん…?」
「え?それって今日ヤるのヤバいんとちゃう…?」

3人のうちの1人が俺の額に手を当てた。

「……熱…あるわ…」
「…………」
「…………」

いつもと違う俺の身体の異変に好き勝手嬲り続けていた3人の動きが同時に止まった。
こいつらにも人としての思いやりという良心が少なからず存在しているのだろうか。
今日はこれでもう解放してもらえるかもしれない。
表情には出さないものの心の隅でそう思い安堵のため息をそっと吐く。

「……熱が出た時は激しい運動して汗ぎょうさん出すのが1番やんなぁ〜」

安堵したのはほんの一瞬。
生徒の卑劣な一言と同時に再開された律動に俺は歯を食い縛った。

「熱の所為で中めっちゃ熱くて気持ちええ、口ん中も同じとちゃうか?」
「……マジ?」

促された生徒も心配する気持ちより好奇心の方が勝ったのだろう。
じゃあ、と遠慮なく床にへばりついた俺の顎に手をやり、無理矢理上を向かせると自分のそれを押し付けてきた。

「………っ!ぐっ…」

容赦なく突っ込まれるそれにムセ、生理的な涙が溢れる。
苦しむ俺にはお構いなしでホンマや…!と歓喜溢れる声を生徒はあげた。





カシャ。


その時室内に響いたシャッター音。
ビクリ、と俺は肩を震わせた。
脅すには充分すぎるあんな写真を手にしておきながら更にこんな乱れた写真まで撮って、今度は何を要求してくるというのか。

だが、その電子音に驚いたのは俺だけではなかった。



「楽しそうな事しとるとね」

いつの間にか室内に侵入していた独特の方言を話す影。
関西弁以外を話す長身の人物に心当たりは1人しか居なかった。

「ち…とせ…」

てっきり帰ったと思っていたのに。
何をしに来たというのか。
何をしに……そんなの俺を助けに来たに決まってるのだろう。

でも俺は助けなんて頼んどらんし、こんな姿も見られたくは無かった。


「てめぇ…この間といい今日といい…!」
「綺麗に撮れとるばい」
「?!」
「写真」

そう言って千歳は自分の携帯のボタンをいじった後、綺麗に撮れたと言ったその画面をこっちに向けて見せた。

「それ…!寄越せ!!!」

逆上した生徒の1人が千歳から携帯を取り上げようと飛びつくが、長身の千歳が手を上げると、携帯は飛びついた生徒の届かない高さまでになった。
間抜けな話、悪い事をした小さい子供からオモチャをお預けだと取り上げた母親の図のようである。

「渡してもよか、画像を消してもよか…ばってん、この画像はもう他所に送信済みたい」

つまり、この携帯を壊しただけでは今千歳が撮った画像を完全にこの世から抹消する事は出来ない。
そういう意味なのだろう。
余裕の笑みを見せる千歳に恐怖を覚えた生徒達の顔は青ざめる。
その写真を使って一体何を自分達はさせられるのかという恐怖。
共感等したくもないが、今の生徒達の心境を俺は痛いほどよく解った。

「俺達を…どうするつもりや…?」
「どうもせんばい…ただ」

オサムちゃんの写真をばら撒いた時はこの写真もばら撒く、一言だけ千歳はそう言った。
千歳の迫力に呑まれた生徒達は心底悔しそうな顔をして、だが何も言う事は無く走り去っていった。





部室に残されたのは千歳と俺。
千歳は心配そうな顔をして、乱れた格好のまま放心している俺に近づいてきた。
こんなシーン前にもあったな。
ああ、そうや、こいつと初めて会った時や。
あの時と今と。
大差ない同じ状況。
初めて会った時も今も、俺は何て惨めなんやろう。
情けない自分に乾いた笑いしか出なかった。

「オサムちゃん……」

名前を呼ばれたかと思うとふわりと自分の身体が温かいものに包まれた。
まるで壊れ物を扱うかの様に優しく、だけどしっかりと抱きしめられ、俺は千歳の胸に顔を埋める形になる。

トクン。

安心する人の温もり。

トクン。

この胸の中にずっと居られたらどんなに心地いいのだろう。

そんな事は許される事では無い。
解ってはいるけれど。

「なぁ千歳…さっきの写真、送ったん俺のパソコンのアドレスに…やんな?」
「……うん」

おそらくこの計画の為に千歳は俺のパソコンのメアドを聞いたのだろう。
もし撮った携帯を壊されても証拠を残すために。
ずいぶんと頭の回転のまわるヤツや。

「この間も言うたけどケンカはあかん…」
「………しとらんばい」
「せやけど、人の弱みを握って脅すなんて事はもっとやったらあかん事や、最低やで?お前」
「ばってんそれはオサムちゃんが…!」
「ほな、あいつ等が卑劣な事しとったからってお前も同じ事してええんか?ちゃうやろ?……お前のやった事は最低やで、千歳」
「…………っ!」

最低だと、そう言った俺の言葉を聞いて千歳の、俺の身体に回された腕が、俺を支えている身体が揺れた。
解っている。
そんなつもりでやったのではないと。
俺の事を助けようとして取った行動だという事。
本来ならここで、俺は自分を魔の手から助けてくれた千歳にお礼の1つでも言うのが筋だろう。

けれど、千歳に。

純粋で優しいお前に。

あいつ等と同じ事はして欲しく無かった……。




傷ついた顔をした子供の腕から抜け、別れた後、ふらつく頭を支え、重い脚を引き摺り自宅に戻った俺は、そのまま敷きっ放しの布団にダイブした。

頭がガンガンして、世界が回る。
このままもう何も考えず眠ってしまおう、そう思った俺の視界の隅に昨日引っ張り出してきて電源を落としているものの開きっぱなしにしていたノートパソコンが映った。

「…………」

きっとあの中には先程千歳が送ったであろうあの画像が送られてきているに違いない。
見るつもりは無かった。
自分が複数の生徒に組み敷かれている写真など。
けれど、そのままパソコンの中に置いておく趣味もない。
むしろ一刻も早くその画像を消してしまいたかった。

ダルい腕を伸ばしパソコンを自分の方に引き寄せ電源を入れる。
メール受信ボックスを開くと昨日チェックしたばかりだというのに1日の間に新たに届いた数件の広告メールの中に1つの添付ファイル付きの見慣れぬ携帯アドレスからのメール。
間違いなく千歳の携帯から送られてきたものだろう。

クリックして、添付された画像を開く。
そこには紛れも無いさっきの部室での光景が写し出されていた。
そういえば自分の濡れ場シーンを客観的に観る事なんて生まれて初めてだとか、そんなずれた事を頭の隅で思いつつ、それでも強姦されている自分の姿を改めて見るのは辛かった。
綺麗に撮れたと、あの時そう千歳は言っていたが実際画像は落ち着いてよく見るとブレていた。

暗かったから、だろうか。
ピントがうまく合わなかったから、だろうか。
それとも………

卑猥な写真を撮ろうとした手が震えて、だろうか。

せめてそうであって欲しい、だなんて自分に都合の良い様に。
少しでも千歳の事を正当化でもするかの様に。
そう祈りながら画像の削除を選択しようとしたその時、再びメールが受信された。

「…………」

そのメールは添付ファイルを送ってきたアドレスと同じアドレスで。
つまり千歳からのメールだった。



ごめんなさい。



そう一言だけ。
それだけが打ち込まれたメール。

お前が謝ることなど何も無いのに。


「ごめん……」


保健室でそう言った時の千歳の辛そうな顔が再び俺の脳裏に蘇った。









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